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幽霊

オバケ度…
40〜100% 
特定状況で「出る」  ○ 相手無差別に「出る」   ?
会話は不可  ? 独自の論理   ?
異形の姿   ○

なんで白装束?

白装束。手を胸元あたりでぶらぶらとぶらさげて「うらめしや〜」と言う。膝あたりから下がすっと消えるようになくなっている。ふわふわと宙に浮く。顔色が悪い。髪はざんばら。目の上に瘤をつくっている。何か訴えようとしていることが多い。登場の際はひゅードロドロとうすどろが鳴る。薄暗い場所を好み周囲に青い火の玉を伴う。陰気である…。

こんなあたりがよく見る幽霊の基本形だろうと思うのだが、なんでまたこう景気の悪い姿になっているのか。生前の姿に近い形で出ればいいものを、何を好きこのんで白装束になるのか。

だれそれの幽霊を「見た」という具体的な目撃談で、こんな姿のオバケが出ることはない。白装束の幽霊はあくまで「幽霊」という名前の架空のキャラクターである。不気味だが、デフォルメされすぎているためどちらかというと馬鹿ばかしく、怖いという感じは薄い。

少し前に叔母が死んだとき、葬儀屋さんは、白い着物に三角を額に巻き杖を持ち脚絆をつける姿、つまり、オバケと同じ衣装を用意した。(あ、もちろん、オバケは手ぶらぶらで脚がないので、杖を持ち脚絆をつけていることは私はこのときまで知らなかった。)



これを見た母は、仲良しだった妹が棺の中でオバケになって横たわっているのが我慢ならず、三角の上からきれいな色のスカーフを巻き、白装束が隠れるように明 るい色の着物を着せ掛けた。そして上手に塗らないと文句を言われるわと気にしながら、顔色が良く見えるように化粧をした。

おしゃれで粋で江戸っ子的にぎやかさが持ち味だった叔母が、辛気くさいオバケの衣装であの世に旅立つとはとても考えられない。彼女を知る人の立場からすれば、白装束が許せないのはごく自然な感情だった。

ここで不思議なのは、白い衣装をつけた死者を見て、オバケしか連想できなくなっている、私を含めた日本人の宗教感覚である。この白装束は巡礼の姿だ。しか し、時代と共に本来の宗教的な意味合いが全て剥奪されて、オバケにしか見えないため、反発を感じてスカーフなど巻きたくなってしまうのだ。それほど、私た ちの宗教的知識、感覚は薄っぺらなのである。

私自身には特定の宗教を擁護したい気持ちは全くない。だからなおさら、冠婚葬祭の時だけ出てくる仰々しい宗教的儀式と、それに参加する人々の宗教心のなさというずれには、どこか居心地の悪いものを感じる。

この際、さっぱりと無宗教にするわけにはいかないのだろうか。

でも、そうしたら、法事のあとでハナモゲラ語(死語?)でお経の節回しの真似をして大笑いする楽しみがなくなってしまう。これもまた、自分の家の宗派のお経ひとつ暗誦 できない現代日本人の宗教心のなさを証明してしまうようなものだが、私の家では、ハナモゲラでの読経が、法事の後の行事として、家族の歴史と習慣に組み込 まれているのだ。

ああ、どうしたらいいのだろう…。

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