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 天狗 

オバケ度…
60%〜80% 
特定状況で「出る」  ? 相手無差別に「出る」  ○
会話は不可  × 独自の論理   ○
異形の姿   ○

スーパー人類か?

天狗は、河童ほどではないにしろ、かなり知名度の高い妖怪だが、最近、活躍の場が減る傾向にある。

バケモノ系統の妖怪ではなく、神や鬼でもなく、どちらかというと、人間の能力の高くなったもの、つまり、超人類という印象だ。姿は魅力的である。はっきり「カッコイイ」と言っていい。赤い顔で、鼻が長く、背が高く、翼を持ち、修験山伏のような服装をして、手に羽根うちわを持っている。一本歯の高下駄を履い ている。びしっと姿勢が良さそうな感じがするし、声はきっと深くて澄んでいるだろう。目は真実を見通す鋭いまなざしである。

鼻の長い顔以外に、カラスのくちばしを持つ「カラス天狗」という系統もあり、こちらは鳥人である。鼻の長い大天狗が格上であり、カラス天狗は彼らの部下として働いているらしい。

怪力、風を起こす、空を飛ぶなど、人間にない神通力がある。現れるのは、街中ではなく、山の中である。草原ではなく、針葉樹林の中だろう。山寺の境内で、ふと樹上を見ると天狗様がいる、という光景も似合う。これは、天狗は仏法者の変化したものだというあたりからの連想によるものだろう。

山中で不思議なことが起きれば、それは「天狗さま」の仕業である。天狗さまは、森の木を倒したり、つぶてを空から降らせたりする。姿が見えないのに笑い声だけ聞こえることもある。鳥類の爪に似た形の天狗の爪が発見され、後生大事にお寺に保管されていたりすることもある。(この「爪」は本当はサメの歯の化石なんだそうだが、そうじゃない可能性もあると思っておきたい。)

牛乳屋さんの娘さん、天狗に遭遇す

さて、天狗の話は色々あるが、その中から、「おばけずかん」の読者が、ひいおばあちゃんの話だといって、しばらく前に教えてくれた「実話」を紹介する。明治時代と思われる富山県の牛乳屋さんの娘さんの体験談である。



ある日、ダム建設のために技術指導に来ていた外国人技師のところへ、牛乳を配達に行きました。車のない時代ですから、山奥へ配達すると、大人の男性でも半日ちかくかかっていたといいます。

日暮れまでに戻れるかしらと帰り道を急いでいたら、上から天狗の声がします。

「心配しなくていい、今日中に帰してやる」

その直後から足が不思議に軽くなり、どんどん歩けるようになりました。風に乗ったようにスピードが出るのです。そして、天狗の言葉通り、わずか1、2時間ほどで家へ戻っていたのでした。

面白いことに、この短い体験談に登場する外国人技師の姿は、私たちのイメージの中にある天狗の姿に、そっくりだ。容貌、性質、住みか。さすがに技師は背中に翼を生やしてはいなかっただろうが、その技師に出会った直後の天狗遭遇。

なあんだ、天狗の正体は、赤ら顔の白人男性のことなのか。そう短絡したいところだが、オバケを単純化して説明するのは、つまらないだけでなく、不正確でもあることが多い。この場合もそうだ。天狗という妖怪は、技術者が欧米から招聘されるようになるはるか以前、平安時代後期から知られている。いくらなんでも、平安時代に白人の技師が日本に住んでいたりはしないだろう。

天狗は、最初は山男みたいな姿だったものが、時代とともに少しずつ変化し、今の形に近くなったのが、室町時代あたりらしい。民俗学者によれば、赤い皮膚は魔力を、長い鼻は男性性器を連想させ、エネルギーをあらわす。天狗はパワーの塊なのである。

だから、オバケの正体は、私たちが共通に持っている「不思議なもの」「怖いもの」の体験やイメージが降り積もり発酵したものなのだと考えたほうがいい。たまたま、それが外国人技師の姿に触発され、ふと、天狗の形を借りて顔を出したとき、牛乳屋さんの娘さんに、不思議が起きる。

オバケ遭遇談には、個人的な体験であっても、多くの人々の歴史が刻まれている。天狗に遭遇した娘さんは、何百年も堆積した日本の風土と精神に遭遇しているのである。ひとりの人の常識では計り知れない深さを持ったオバケたちとの出会いは、やはり、「恐ろしい」以外の何ものでもないのではないか。

こんなことを考えているうちに、私は一層オバケの深みに魅入られている自分を発見するのである。

©2006 Mieko Mochizuki Swartz. All rights reserved.