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 むじな 

オバケ度…
60〜80%
特定状況で「出る」  ○ 相手無差別に「出る」   ?
会話は不可  × 独自の論理   ○
異形の姿   ○

むじなって、動物園にいないよ?

動物園に行ってもムジナという動物はいない。この点が、前々から私を悩ませていた。

ムジナ、と名を聞いてぼんやりと思い浮かべる鼻先が黒っぽいイヌ科の動物のイメージはあるのに、実体がない。ムジナはオバQなどとは違い、自然界に実在の動物ベースのオバケのはずである。一体どうなっているのか・・・と思って調べてみると、実はムジナはタヌキ、またはアナグマの別名で、地方によってどちらをムジナと呼んでいるかには色々あるのだという。むむむ、偽名をつかっているのか。あやしいやつ。道理で動物園にいないわけだ。

とまあ、そういうわけもあって、ムジナのオバケ度はタヌキより少し高くなる。

ムジナに化かされた話の中で、よく聞くのは肥溜めに落とされるというのである。

たとえば、いい気持ちに酔っ払ったお父さんが、帰り道を歩いている。すると、ちょっと寄っていけ、と言われる。相手は誰でもいいが、まあお父さんが「寄っていっちゃおうかな」と思える程度に魅力的な年増かなにかだとしよう。そこで思いがけないご馳走になって、さんざっぱらお酒を飲んで、話もはずんで、すっかり夜もふけたし、ついでにお湯にも入っていきなさい、なんてことになる。そこで手ぬぐいを頭にのっけて「♪いい湯だな〜、ハハン♪」とやっていると、白々と夜が明けてくる。ふと正気にもどったお父さんは、ふくふくと発酵した肥溜めの暖かさのなかにすっぽり肩までつかっている!




最近は肥溜めそのものがほとんどないから、あまり心配はないだろうが、落ちると臭いがなかなか消えなくて難儀するそうだ。そりゃあそうだろう。

お湯が肥溜めなら、ご馳走とお酒は何だったのかが気になってくる。同じくらいのインパクトを持ったものというと、アレとアレ、いやアレとアレかも。それとも…うわああ、気持ち悪い〜。くれぐれもムジナには化かされないように、寄り道する先には、重ねがさね気をつけたいものである。

さてさて、小太りで油断のならない年配の男性をタヌキ親父という。ムジナ親父というのはない。タヌキ婆、タヌキうどん、タヌキ寝入りはよく聞くが、ムジナ婆、ムジナうどん、ムジナ寝入りは存在しない。そして、タヌキはタヌキ汁という料理(味噌で味つけした、タヌキの肉のほかに野菜がごたごた入った田舎料理と思う)になって食べられてしまうことがあるというのに、ムジナの調理法は知られていない。タヌキの腹鼓は、狂言の題材にもなり、江戸では番町七不思議のひとつに数えられていたほどに有名だったのに、ムジナについてそういうのは多分ない。

このあたりの差は、もしかしたら私が東京出身で、東京方言にムジナという生物がないせいかもしれないが、地味すぎてムジナが気の毒に思える。まるで無視されているようではないか。このままでは徐々にオバケとしての元気がなくなってしまうのではないかと心配でもある。

しかし、別角度から見れば、多少知名度は低くても、ある程度神秘性が守られているほうが、オバケとしては上等である。どこかの村がムジナを題材に村おこしをしたり、全国ムジナ振興協議会が突然売名キャンペーンをはじめたりしたら、私はきっと残念に感じるだろう。

バランスが難しい、ということでしょうかね。


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