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人魚

オバケ度…
70%〜90% 
特定状況で「出る」  ? 相手無差別に「出る」  ○ 
会話は不可  △ 独自の論理   ○
異形の姿   ○

人魚はジュゴンか?

人魚は上半身が人、下半身がサカナの形をしたオバケである。

ヨーロッパでは歌声で船乗りを魅惑し船を沈めるセイレーン(「サイレン」と同源)またはローレライと呼ばれる怪物の伝説がある。日本にも人魚伝説があり、人魚の肉を食べれば不老不死になれると言われている。

人魚の正体については定番の説明がある。インド洋や南西太平洋の沿岸の浅海に生息するジュゴンという生物を見た人々が想像した怪物が,人魚として知られるよ うになったというのだ。後ろ足が退化しているジュゴンが立泳ぎしながら子を抱き授乳する姿が、人魚のように見えるのだそうだ。

子供時代からおなじみの解説だが、こんな話には納得することができない。なぜなら、図鑑で見たジュゴンの形は、申し訳ないがアザラシとモグラをかけあわせて 二、三回鍋でたたいたようなもので、とても船乗りが迷うような色っぽい歌声を出すオバケの原型とは思われないからである。

本気でこういう説明を考え出す人の顔を一度見てみたい。私は、ジュゴンが人魚姫と同じものだと推論できるような乱暴な精神の存在が、どうしても信じられないのだ。いくらなんでも、もう少し「なるほどね」と思えるようなことを言うべきなんじゃないだろうか。

というわけで、ジュゴンの存在を無視して人魚の話を進める。


人魚の性格が悪い理由

どうも人魚は根性が曲がっているのではないかという印象がある。恨みっぽく、ひがみっぽく、自己中心的で、嫉妬深いような気がする。

最もイメージ形成に強い影響があるはずのアンデルセンの人魚姫も、そこから派生したディズニーの人魚姫も、特に性格の悪い姫として描いていないのに、どうしてもそういう印象がある。なぜか。

ここからは、私独自の乱暴な推論である。

まず、人魚にはオスの存在の影がうすい。授乳している母人魚の姿と、娘人魚の姿ばかりが浮かぶ。すると、数少ないオスを奪い合っているか、あるいは人間のオ スを海に引きずり込んでいると想像できる。アンデルセンの人魚姫が人間の王子様に憧れるのは、こういう切実な事情によるものだ。

しかし、せっかく引きずり込んだ人間のオスも、海の生活が身体にあわずにすぐ死んでしまう。年がら年中次のオスの捕獲の心配をしていると、さぞやストレスがたまるだろう。そんな状態で心安らかになるのは無理だ。

もうひとつ重要だと思うのが、生活の場が海だということだ。海は素晴らしいところかもしれないが、人間の私の感覚で言えば、長時間いる場所ではない。水に体温を奪われ、あっという間に唇が紫になり、まもなく腰痛が出る。

女の身体に冷えは禁物である。たき火が不可能な環境で、一体この点をどう克服しているのか。そのうえ、人魚はあのような裸に近い格好である。多少体脂肪率が高いくらいでは補えないだろう。

人間の私ならば、身体が冷えてくると、まず元気がなくなる。全体の調子が下がってくると、エネルギーを温存しようとするので自己中心的になる。他人のために 何かしてやろうなどという考えは全部消え去る。自分は動きたくないくせに、他人がいい目を見ていると腹が立つ。つまり、簡単に言えば、根性が曲がってくる のである。

人魚の性格が悪いという印象は、このような理由から生まれる。当たっているかどうかは、もちろん知らない。

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