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コロボックル

オバケ度…
40% 
特定状況で「出る」  × 相手無差別に「出る」  × 
会話は不可  × 独自の論理   ○
異形の姿   ○

いるんじゃないかなあ。

コロボックルは、アイヌの伝説に出てくる小さい人たちの名前だ。「ふきの葉の下の人」のような意味だと聞いたことがある。

ふきの葉っぱの下に隠れられるほどの背の高さだから、身長は10センチ足らず。この大きさは、親指と同じくらいの身長の「親指トム」やチューリップの花の中に隠れることができた「親指姫」とほぼ同じである。

「一寸法師」も名前は一寸(ほぼ3センチ)だが、お椀の舟に箸の櫂を使ったというから、5センチ程度の大きさはあったはずだ。

古いところでは農業や酒造、医薬の神様としてまつられていた少彦名命(すくなひこのみこと)がやはりこの大きさだし、東北地方には足から生まれる小さい子供の民話がいくつかあるはずだ。

外国では先の親指姫や親指トムの他、北欧からドイツあたりにかけて小人の伝説が多く、パンを膨らませたり、靴を作ったりと、夜の間に細々したことをしてくれる妖精のような存在として知られている。


アジアの他の地域に小人伝説があるかどうかは知らないが、日本にこれだけあれば、恐らく日本文化のルーツである朝鮮半島にも中国にもあるのだろう。

「いる」と思っている人が多くの地域に広がっているのは、やはり本当に小人が「いた」からなのではないだろうか。

佐藤さとるの「だれも知らない小さな国」という本がある。たっぷりと「やっぱり本当にいるのではないか…」という気にさせてくれる本だ。昭和34年に発表されたこの童話は、「こぼしさま」という小人の住む小さな山を舞台にした見事な作品だ。今読んでも古くさく感じない。

物語の中では、こぼしさまは人の目を避けるためにカエルの皮をかぶることになっている。普段は動きが素早いので、普通の人間の目にはとらえられないのだが、長時間の屋外作業があるときには、念のためカエルを着て身を守るのだそうだ。もっともらしい話である。

私は中学生の時に講談社文庫版で読んだ。すっかり感化されてしまい、しばらくの間、野原の草の間に小さな人影がないかどうか探すくせがついたほどだ。

木 陰で思春期特有の物思いにふけっているように見える中学生が、じつは葉っぱのかげの小人を探している。どうもこれでは最近の中学生の皆さんの発展ぶりと比 べてあまりに子供っぽいようだが、当時の中学生なんて、深夜放送のラジオで耳年増になってはいても、実際の行動はたいがいそんな程度だったはずだ。

その後いい年した大人になった今でも、役にたたないことばかりに興味を持つ性質は変わっていない。こうしてこの文を書いていることが、そもそもの証明だし。

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