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傘のおばけ

オバケ度…
40〜100%   
特定状況で「出る」  ? 相手無差別に「出る」  ? 
会話は不可  ○ 独自の論理   ?
異形の姿   ?

ぴょ〜ん!

古典的なお化けである。破れ傘の軸から取っ手に欠けての部分が脚になり、裸足に下駄を履いている。一本足でぴょーんと跳ねたりする。傘の部分に一つ目がつい ていたり、腕が二本にゅっと突き出ていることもある。口を開き、赤い舌を出していることもある。(ローリング・ストーンズのファンか?)

オバケがたくさん集合しているイラストなどで姿はよく見かけるのだが、跳躍以外に何をするお化けなのかは全然知らない。洋傘ではなく必ず和傘である。蛇の目ではなく番傘が多い。

和傘は色、形ともにとても美しいので洋服の生活でも日常的に使ってみたい。ところが実際蛇の目を購入してしばらく使ってみると、あまりに重すぎる。特に水を含んだときの重さは絶望的だ。イタチでも上に乗っているのではないかと思えるほどだ。



あれでは現代の生活ではとても使えない。素材を変えるなどして工夫できないものだろうか。このままでは和傘が使われなくなると共に傘オバケの登場回数は更に 減り、イメージがますます風化して、そのうち跳躍もしなくなってしまうだろう。だって、どう考えても、このオバケは、洋傘じゃあ、格好がつかないのであ る。

そもそも傘が化けるというのは不思議な感じがする。傘だけでなく、鍋釜からちりとりまで何でも化けるというの は、一昔前なら「ぶんぶく茶釜」をはじめいくらでも例があるから、おなじみの発想なのだろう。丁寧に作られ、大切にされた道具は生命が息づいているような感じがしたりするから、そのあたりからの連想で日用品が化けるのかもしれない。でも、私の感覚では、突然バケツに手足が生えるのを想像するのは、かなり困 難である。

畠中恵の「しゃばけ」では、作られてから百年ぐらいで化けるという設定だった。とすると、最近道具が化けないのは、生活が豊かになったからか。 何でも使い捨てだからか。

傘ではないが、日用品が化けたのに「やかんづる」とい う愛すべきくだらないやつがいる。水木しげるの絵で初めて見て以来あまりの馬鹿らしさに忘れられない。淋しげな林の中などを歩いていると、突然巨大なやかんがバーンと目の前にぶらさがるのだそうだ。たったそれだけのオバケである。一体何を考えているのか。やかんの考えることなど理解しようと思うほうが無理 だろうけれど、それにしてもあんまりだ…。

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