obakezukan logo
    

 池の主(つづき) 

オバケ度…
100%
特定状況で「出る」  ○ 相手無差別に「出る」  ○
会話は不可  ○ 独自の論理   ○
異形の姿   ○

鯉があれほど育つのに何年かかるのだろう。特別大きなやつが濁水の中から突然現れ、洞窟のような口をぱっくり開いて近づいてくると、なんだか鯉がえさを吸い込む勢いで自分も水の中に吸い込まれてしまいそうに思えた。「ああいうのはヌシなんだよ」と誰かが小学生のくせにきいたふうな口をきいた。だから、当時の私は、井の頭池のヌシは鯉なのだと考え、大型の鯉の姿だけを特別に警戒していた。化け物の存在を信じていたわけではないが、こういう話はいやなものだ。

ところが、中学生になると、池のヌシは蛇女なのだという話が出てきた。ヌシはもともと蛇の姿だったわけではなく、ごく普通の若い娘だった。ところが恋人との仲を裂かれて池に投身自殺をし、恨みと悲しみが彼女を大蛇の姿に変えたのである。

うそ臭い話だが、実際、弁天様の鳥居わきの狭い階段を上りきったあたりに彼女の像があるから、多少は根拠があるのだろう。残念ながら、石像はとても芸術的とはいえない代物で、ソフトクリーム型の蛇の上に人間の頭をのせた形である。非常に情けないので、わざわざ見に行くのはおすすめしない。

井の頭公園の弁天さまには、夫婦や恋人が揃ってお参りすると嫉妬されるので良くないなど、いろいろな噂がある。恋人と井の頭公園へ行き、ボートに乗ると必ず別れてしまうという噂もよく聞く。最初に情報を得たころ、私はまだ中学生だったので恋人などあろうはずもなかったが、嫉妬にのたうちまわる蛇女のイメージは強烈で「一応気をつけような」と思ったものである。再び言うが、別に信じていたわけではない。「やだな〜」という程度である。




蛇女の弁天さまというのも無茶苦茶なイメージだ。今考えると少しお恥ずかしい気もする。が、中学生に疑問はわかなかった。私の頭の中では、あそこの弁天さまは、蛇女がまつられている場所だったのだ。本当のところ、正しい井の頭池の伝説がどうなっているのかは、調べたことがないので知らないが、こんなふうに誰かの頭の中に何かの間違いで定着してしまったイメージの集積が伝説というものだろう。一度形成されたイメージは滅多なことでは取り替えがきかないので、何年たっても、なんとなくあそこは蛇女の領地のような感じがしている。

さて、私の知る限り、井の頭公園に出かけてボートに乗った恋人たちは、全て別れている。東京ディズニーランドも縁切りの名所らしい。確かにディズニーランドへ行ったカップルで別れたのをたくさん知っている。この他、鎌倉の通称「縁切り寺」、神戸ポートピアランド、伊勢神宮などもヤバイらしい。

あたりまえだ、馬鹿ばかしい。みなデートの名所ではないか。世の中のカップルの大半は、別れると決まっているのである。つくづく、もっと説得力のある流言に出会いたいものだ。



©2006 Mieko Mochizuki Swartz. All rights reserved.