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化け猫

オバケ度…
100% 
特定状況で「出る」  ○ 相手無差別に「出る」  ○ 
会話は不可  ○ 独自の論理   ○
異形の姿   ○

私たちは、あやつられている。

ものの本によれば、10年以上の年を経た古い猫は、みな尻尾が割れて人語を解す「猫又」というものになるらしい。つまり、化けるのだ。

猫という動物は、どんなにわがまま放題をしても、なぜか容認される。親しく知るほど不思議でたまらない。いや、はっきり言って、うらやましくてたまらない。

「ごはんちょうだい」「はやくちょうだい」と言ったと思えば「やっぱりいらない」「外へ出たいの」「扉を開けて」外へ出る。扉を開けてもらっても礼など言わな い。そのわずか1分後にまた「開けてちょうだい」」「はやく開けてったらあ」とわめき散らし、当然のような顔で入る。そしてまたすぐに「外へ出たいな」 「扉開けてよ」「開けてってば」「開け〜て〜」

よく言われることだが、人間の私たちがこんなことをしたら、あっと言う間に誰からも相手にされなくなってしまう。それが猫だとわがまま放題は許されるばかりでなく、人々はでれでれとした猫なで声を出しながら進んで猫の奴隷になる。

18 歳で死んだ実家の三毛猫の行動を詳しく観察したが、どこに秘密があるのか全然分からなかった。人を自在にあやつる魔性の生き物だとしか思えない。10年モ ノが化ける話に従えば、こいつは18歳だったのだから、もう尻尾は2本ではなく、7本ぐらいに分かれているはずだった。でも、もちろん見た目は1本だし、 注意深く触れてみても尾が枝分かれしている様子はない。

ひとつ言えるのは、猫は自分の要求がかなえられないかもしれないなどという心配を微塵もしないらしいということである。確信を持って要求をし、2秒前のことはさっぱり忘れ、確信を持って次の行動にうつる。この性質は人間にはないものだ。

キーワードは「確信」である。たったそれだけで猫と同じように周囲の人間を全員奴隷にできるとは考えにくいが、見習いたい。

猫の目をのぞいてみる。何を考えているか全くわからない。心が通じる気がしない。この点は犬と違うところだ。犬とは会話が成立する気がする。仲間になれると も思う。しかし、猫は違うのだ。全くこちらの心情に興味がないような顔だ。魚類の無表情とは違う。猫の顔には明らかに表情はあるのだが、それは私たち人間 が正しく理解できるようなものではない。

猫には人間と心を通わせる気がない。猫は人間を問題にしていない。長年の観察から、そう断定できる。彼らが人間のそばに寄ってくるのは、暖をとりたいとか、食べ物が欲しいとか、退屈であるとか、何か実用的な理由があるときだけだ。

なぜ、人間はこんなものを飼って要求されるままに食物を与えているのだろう。

私の考えるに、たぶん、これは私たちの選択したことではなく、猫の考えでこうなっているのだ。私たちは猫にあやつられているのだ。猫のやわらかな姿を見ると、思わず黄色い声で「ねこちゃ〜ん」などと言いたくなるように術をかけられているのだ。

つまり、猫は、若いか、10年モノになって尻尾が分かれているかに関係なく、全て化け猫なのだ。

母は「子供を産んだ記憶はないが、猫はおなかを痛めて産んだような気がする」とまで言っている。新たな三毛猫を家に迎えた今、またもや出かけるたびにせっせと猫の好物を買っている。気づくと私も同じことをしている。

つくづく猫の妖力は恐ろしい。

©2006 Mieko Mochizuki Swartz. All rights reserved.