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消える乗客

シートがぐっしょり・・・

タクシーの運転手さんと話をするか、しないか。私は断然「する」派である。正体不明の男性と密室の中でおし黙っているのが気味悪いからでもあるが、運転手さんたちのおしゃべりが楽しみだからというのも大きい。もっとはっきり言えば、怪談が聞けるからである。

「いえね、お客さん。このあいだ、不思議なことがあったんですよ」そんな風に始まる前置きが出てきた瞬間、私は「このタクシー大当たり!」と心の中で叫んでいる。

四谷のあたりを流してたんですよ。夜中の、そうねえ、二時ごろかなあ。これから新宿へ出て、もう一稼ぎできるかな、って時間ですね。雨の降る冷え込む晩でねえ。こう、角んところに人影があって、手をあげてるから停まってその人を乗せますね。若い女性ですよ。ほそ〜い声で「このあたりに薬局はないでしょうか」って言うんだね。深夜営業の店の見当がついたから、すぐそこに一軒あるはずですから行きましょうって車を走らせる。何買うんですかって声をかけると、赤ちゃんの飲むミルクだって言うんですね。はー、きれいな娘さんだと思ったけど人妻かぁ、って、俺は意味なくがっかりしてね、まあ関係ないんですけどね、その薬局まで行くわけですよ。

そんで「ハイ、つきましたよ」って車を停めて振り返ると、誰もいない。うずくまってるとか、途中で扉開けて出ていったとかじゃないんですよ。そんなんなら、すぐ分かりますよ。いるはずの人がいない。で、シートはぐっしょり濡れている。もう背筋がぞくーっとね。どうしようかと思いましたね。

… お客さん、あなた、今、ああよくある怪談かあ、なんて思ってるでしょ? だけどね、これは本当なんですよ。だって、俺が体験した話なんだから、ウソのわけがない。後で考えると、この女の人を乗せたのは、墓地の裏なんですね。それもまた、よくある怪談みたいでしょ? そりゃあ俺もね、人から聞いたら疑いますよ、当然。でも、体験したのは、この俺なんですよ。いやー、ほんとに。色白の、はかなげな人でしたよ。

乗っていたはずの客が消える。これが、タクシーの怪談の基本であり、定番である。時間、場所、天気などのディテールを少しずつ変えた形で、私はこの「消える乗客」の話を何度も聞いている。運転手さんの話が上手か下手かなんてどうでもいい。結末が分かっていても、怪談で怖がらせようと考えている話し手の意気込みと、ディテールのつけかたににじみ出る人柄で、毎回楽しませてもらえるのである。

ハイウェイの幽霊

ところで、この話には、そっくりの英語版がある。「ハイウェイの幽霊」とでも呼ぶべきアメリカ版は、やはり道路まわりの怪談の基本であり定番であるらしく、細かいバリエーションがたくさん存在している。ひとつ紹介しておく。


夜のハイウェイを長距離トラックが走る。

田舎の街道沿いに、若い女性がパーティドレスを着て立っているのが見える。彼女は親指を立て、乗せて欲しいと意志表示している。夜道に女の子を歩かせておくのはいけないと、運転手は車を寄せる。乗せてみると、とても若い。まだ高校生である。寒いらしく、むき出しの肩がふるえている。運転手は上着を貸してやる。しばらく走って隣町まで行き、どこで降りるのかと訪ねようとすると、彼女は消えている。着せかけてやったはずの上着もない。何が起きたのか分からないまま、運転手はその夜の仕事を続けるためハイウェイをひた走る。

後日、どうしても気になって、彼女を乗せた場所の近辺でたずねると、高校の卒業パーティの夜に事故にあった娘がいたという。墓参をしに教会へ行ってみると、彼女の墓石の上に、あの夜娘に貸したはずの自分の上着がきちんと畳んであった。

くうう。これって、トラック野郎のロマンそのものじゃないですか。

どうです、どちらも無賃乗車だし、うれしくなるくらい骨格が良く似ているでしょう? さすが定番の怪談。夜中に車を運転していると、こういうことを考えたくなるんだろうか。

どこで読んだのか忘れたが、なんでも江戸時代には、タクシーを駕籠にかえて、現代と同じ「消える乗客」の話が流通していたそうだ。もちろん明治の人力車バージョンもあっただろう。ニューヨークのイエローキャブ版、なんてのも、捜したらきっとありそうだ。時代と土地の枠に限定されがちなオバケだが、中にはこういう身軽なタイプがいるのである。

将来、東京湾岸の「ゆりかもめ」みたいな無人運転の新しい交通機関で、個人用のものができたとする。運転手が必要でない交通機関の登場は、「消える乗客」にとって、消えたオバケを目撃して語り伝える役をする人がいなくなるということを意味する。オバケとオバケに遭遇した人の両方が登場して、はじめて怪談が成立するのだから、これは定番の怪談の存続が危うくなるということだ。大丈夫だろうか。

しかし、多分、こんな心配は無用だ。ベーシックな怪談であるだけに、どんな状況でもちゃんと生き残っていける程度の生命力は内包していると考えて「消える乗客」を信頼しておくのが正解だろう。たとえば、運転手が語る今までの形ではなく、誰かほかの人が語るような新しいバリエーションが生まれるに違いない。そのくらいのことができなくて、江戸の昔から延々と残っているわけがないではないか。

今ここで想像する限り、二十一世紀の「消える乗客」のイメージは、なかなか軽やかで、したたかな感じだ。いいぞいいぞ。一生の間に何回ぐらい聞けるかなあ。

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