obakezukan logo
    

聊斎志異を読む 1

オバケと結婚?

「聊斎志異」という中国の本がある。著者、蒲松齢がぽつぽつと書きためた、幽鬼や狐などに関する奇談を集めた十七世紀の短編集だ。先日久しぶりに岩波文庫の上下二巻を買い求めてみるとこれが結構良いので、寝しなに少しずつ読み進んでいる。

再読していて、この本に出てくるオバケの多くに共通する特徴があるのに気づいた。それは、オバケのくせに、美しく色っぽいことである。「あんな美しい人がいる筈がないと思っていましたが、案の定、狐でした。」というような場面が続々と出てくる。

そして、主人公(ほとんどが男性である)は、狐だとわかっても全然気にせずに、その絶世の美女に恋いこがれ、障害があれば乗り越え、あっという間に床を共にして歓を尽くす。その上、状況がゆるせば正式に結婚し、もちろん子供だってもうけてしまうのだ。

昔の中国の人は、オバケを怖がらなかったのだろうか。オバケと気づいた瞬間に「ギャー!」と腰を抜かさなかったんだろうか。これが不思議でたまらない。その上、オバケと結婚。そんな大胆な!

オバケが怖いのは、恐らくそれが異世界から来た異質なものだと感じられる点にあると思うのだが、中国ではオバケと人間の区別の仕方が日本とは違うのだろうか。

日本の昔話にオバケと結婚するパターンがないわけではない。

まず「鶴の恩返し」が有名だ。しかし、あの話では、妻が鶴だったという事実は、男が約束を破って機織りをしている部屋をのぞくまで明らかにならないのだし、その後鶴は「もうここにいることはできません」などと言ってどこかへ飛び去る。オバケと人間の間で家庭生活を維持しようという考えは「鶴の恩返し」には全くない。

「浦島太郎」では、ごちそうを食べ、タイやヒラメの舞を見て竜宮暮らしを謳歌しているはずの太郎が、なぜか昔をなつかしみ、悲しむ乙姫様を振りきって浜辺へ戻る。

よくできた妻が実は狐だった、などという昔話もいくつかある。だが、それらも幸せに暮らし続けるパターンのものはなく、狐の正体が明らかになった瞬間、それまでの暮らしは破綻する。「見〜た〜な〜」とか「もうここにはいられません」という「鶴の恩返し」に似た形で、狐と人間の仲は引き裂かれる。

落語では「狸賽」というのがある。男に命を助けてもらった子狸がお礼をしにやってきて、自分は化けるのが得意だから「なんならあなたのおかみさんに」と申し出るが、男は「たぬきのおかみさんはいけねえや」とかなんとか言って断る。それではこうしましょう、と狸の提案があり、物語の本筋に入っていくわけだが、ここでもまた、オバケと人間は住む世界が違い、結婚生活は無理だということになっているのだ。

何かのマクラに使われた小噺だったか、、乙な年増が泊まって行けというので、これ幸いと楽しんだ男が、朝になってみるとお地蔵さんにかじりついていた、あれは狐だったのだろうという馬鹿らしい逸話もあった。なんとも気の毒な人だという以外、言うことがないが、これは結婚ではなくて一夜の接近遭遇であるから、今回は計算に入れない。でも、このパターンは、けっこうたくさんある。

色々考えたが、オバケと人間が楽しく暮らしたという話を思いつかない。どうやら日本のオバケは人間とは生活を共にしにくい性質を持っているらしいのだが、「聊斎志異」では違うのだ。

日本人は、心が狭いかも

ある晩、ビールを飲みながら友人にこの話をしたら、そんなのは簡単に説明がつくよ、と言う。友人の説はこうだ。

日本人は、周囲を海に囲まれ、外の世界の異質なものに遭遇する心配は基本的にない。

ところが、大陸の国であり、東アジアの大国である中国の人は、常に辺境の異質なものと接している状態である。基本的なルールを守って生活できるなら、どれほど珍妙な人でもメインストリームの社会の中に受け入れてきた歴史を持っている。それが大国としての中国の懐の深さである。

 つまり、物語の中の人とオバケの関係は、社会のありようを反映したものだと言うのだ。島国ぐらしの日本人は狭量で、オバケの豊かさを受け入れて共存する物語が作れない。

ちょっと待て、それではあんまり我が日本に厳しくないかと反論したくなったが、確かに日本の社会のそこここにそういう面が見て取れる。私は説得されてしまった。

そこで私たちは、よーし、それなら二十一世紀は「オバケを怖がらないニッポン」を作ろう! 口裂け女とキスをしよう! 狸の八畳敷にくるまって眠ろう! などと大いに酔っぱらいの気炎を上げ、ビールと水餃子の追加注文をして盛り上がったのである。

というわけで、格調高い古典である「聊斎志異」は、ビールの肴としても結構イケルという報告をさせていただいた。でも、酔っぱらっていないときにも、しみじみ考えてみる価値がありそうな話ではある。

(この話、まだ続きます)

©2006 Mieko Mochizuki Swartz. All rights reserved.